2026年1月17日、ヤンブー、最終ステージ。ゴールまで残り7キロの地点で、二輪部門の総合首位に3分20秒の差をつけていたリッキー・ブラベックは、ロードブックのある指示を読みます。のちに本人が「かなり紛らわしい」と語ることになる指示でした。左に寄りすぎたラインを取ってしまい、正しい轍に戻るために約3キロの迂回を強いられます。そしてコースに戻ったとき、目に入ったのは、その様子を見て正しいラインを外れなかったルチアーノ・ベナビデスの姿でした。サウジアラビアを2週間、8,000キロ近く走り抜けたゴールで、二人の差はわずか2秒。大会史上最小の差であり、ベナビデスにとって初優勝です。とはいえ、一家で初めての優勝ではありません。兄弟のケビンが2021年と2023年に優勝しています。
ダカールラリーの仕組みを一つの場面で説明するなら、この場面でしょう。勝つのは単にいちばん速い者ではありません。2週間続けて、道に迷わずに速く走り続けた者です。ダカールはラリーレイドと呼ばれる競技で、非常に長い距離を走るオフロードレースです。ライダーやクルーは1日に1ステージを走り、ロードブックを頼りにナビゲーションを行い、夜は自分たちと一緒に移動していくキャンプで眠ります。開催は1月。2026年はプロローグと13のステージに休息日が1日入り、総距離は約8,000キロ、そのうち5,000キロ近くが計時区間でした。スピードを競うカテゴリーでは、ペナルティやボーナスタイムを含めた合計タイムがもっとも少ない者が勝者になります。一方、ダカール・クラシックはレギュラリティ競技で、ミッション1000には独自の順位があります。
ダカールラリーの期間はどれくらいか
レースそのものは2週間です。2026年大会は1月3日、サウジアラビアの紅海沿岸の町ヤンブーで、プロローグから始まりました。プロローグは20キロほどの短いステージで、第1ステージのスタート順を決めます。四輪では総合順位に加算されませんが、二輪では加算されます。速かった者から自分のスタート位置を選ぶことができ、必ずしも先頭スタートを選ぶわけではありません。大会は1月17日、同じヤンブーで幕を閉じました。その間に13のステージがあり、休息日は1月10日にリヤドで設けられた1日だけでした。
しかし、ライダーやチームが実際にダカールに費やす時間を数えると、2週間は3週間になります。チームはクリスマス明けにはスタート地点のキャンプに到着し、バルセロナから船で運ばれた車両は12月末にヤンブーで引き渡され、最後の車検と書類審査は1月1日と2日に行われました。さらに言えば、車両がサウジアラビアへ船積みされる前の11月末には、バルセロナ近郊のサンタ・スサナで最初のチェックがすでに行われていました。
ステージはどれも同じというわけではありません。2026年は、計時区間が20キロほどのプロローグから、ハーイルからリヤドまで総距離920キロのステージまでありましたが、後者の計時区間は331キロでした。もっとも長いスペシャルステージは、ワディ・アッダワシール周辺で行われた、480キロを超える第8ステージです。総距離はコースとともに毎年変わります。
スペシャルステージ、リエゾン、マラソンステージ
各レース日は二つの部分で構成されます。リエゾンは、この競技のなかで今もフランス語の呼び名で通っている移動区間で、ビバークからスペシャルステージのスタートまで、そしてスペシャルステージのゴールから次のビバークまで競技者を運びます。タイムは計測されませんが、決められた時間内に走り切る必要があり、ここでもペナルティがあります。スペシャルステージは順位を決める部分で、本物のオフロードを走る計時区間です。ダカールの勝敗はここで決まります。
一日の終わりにはビバークがあります。毎晩、競技者、メカニック、主催者、ジャーナリストを迎え入れるテントの町です。少なくとも、ほとんどの日は。マラソンステージでは、チームのメカニックはいません。競技者は別のビバークで夜を過ごし、バイクやクルマ、トラックを車載しているものだけで自分たちで整備します。2026年には、マラソンステージが2組ありました。アルウラとハーイルの間の第4・第5ステージ、そしてワディ・アッダワシールとビーシャの間の第9・第10ステージです。
ロードブック:ダカールでは、迷うこともレースのうち
ダカールは、道に迷った一人の男から生まれました。1977年1月、フランス人ライダーのティエリー・サビーヌは、アビジャン〜ニース・ラリーに出場中、サハラ砂漠、ニジェール北部のチガイ高原で道に迷い、発見されるまで3日間たった一人で過ごします。そして、はっきりとしたアイデアを持ち帰りました。自らの意思で、まさにそうした場所へ人々を連れていくレースです。
49年が過ぎた今も、ナビゲーションは仕事の半分を占めています。コースには目印がなく、地図を使って走ることもありません。頼りになるのはロードブックで、距離、コンパスの方位、ピクトグラム、危険の警告が並んだ指示の連なりです。数年前からロードブックはデジタル化され、全員共通のタブレットに表示されます。配布はスペシャルステージのスタートのわずか数分前なので、資金力のあるチームが一晩かけて読み込むことはもうできません。GPSも意図的に、進むべき方位程度しか示しません。スペシャルステージの途中には、ウェイポイントと呼ばれる通過必須ポイントがあり、十分に近くを通過しないとシステムが通過を認めません。一つ逃せばタイムペナルティ、逃した数が多すぎれば失格になることもあります。
ゴールまで7キロの地点でブラベックが読み違えた指示も、同じことの小さな例です。読みながら同時に運転するレースでの、一つの読み違いでした。
ダカールラリーのカテゴリー
ダカールで行われるのは一つのレースではなく、同じ大会のなかで、大部分が共通するコースを走る複数のレースです。バイクには独自の順位があり、その中にすべてのなかでもっとも過酷なカテゴリー、オリジナル・バイ・モチュール(Original by Motul)があります。サポートなしで走るライダーのクラスで、チームのメカニックはおらず、スペアパーツと工具は主催者がビバークからビバークへ運ぶ箱に入れて持ち込みます。2026年は、このクラスで7度目の挑戦となったフランスのバンジャマン・メロが、4度の表彰台を経て勝ちました。ダカールのバイクはそれだけで一つのテーマであり、ダカールで使われるバイクの記事で紹介しています。
四輪はいくつかのクラスに分かれています。アルティメット(T1)はラリーレイド専用に作られたプロトタイプのクラスで、クルマ部門の総合優勝を決める順位です。2026年はナセル・アルアティヤが制し、本人にとって6度目、ダチアにとっては初めての優勝となりました。ストック(T2)は市販車ベースの車両のクラスで、リトアニアのロカス・バチュシュカがディフェンダーで優勝しました。チャレンジャー(T3)は軽量プロトタイプのクラス、SSV(T4)は二つの座席が横に並んだ軽量オフロード車、いわゆるサイド・バイ・サイドのクラスです。ほかにトラック、旧車の四輪とトラックによるレギュラリティ競技のダカール・クラシック、そして代替パワートレインの車両のためのミッション1000があります。
30年以上にわたってダカールに参戦してきたクアッドは、エントリーがあまりに少なくなったため、2025年大会から競技プログラムを外れました。
パリからサウジアラビアへ、そしてその先は
第1回大会は1978年12月26日にパリのトロカデロを出発し、1979年1月14日にセネガルの首都ダカールに到着しました。スタートした182台のうちゴールしたのは74台で、優勝はヤマハに乗ったシリル・ヌヴーです。大会の名前はここから来ており、レースがダカールに行かなくなってからも、その名は残りました。最後にダカールに到着したのは2007年で、最終ステージはラック・ローズ(バラ色の湖)の周囲で行われました。ティエリー・サビーヌは、その後のダカールを見届けることができませんでした。1986年1月14日、大会の最中にマリでヘリコプターが墜落し、歌手のダニエル・バラヴォワーヌとほか3人とともに命を落としたのです。
2008年、ダカールはスタートの前日に中止されます。15ステージのうち8ステージが予定されていたモーリタニアでのテロの脅威が理由でした。2009年から2019年までは南米に舞台を移し、アルゼンチン、チリ、ペルー、ボリビア、パラグアイを走りました。2020年から2026年まではサウジアラビアで、7大会連続で開催されています。
そして今、地図がまた塗り替えられようとしています。2026年10月25日、主催者のアモリ・スポル・オルガニザシオン(ASO)とサウジ・モータースポーツ・カンパニーは、1月1日から15日にサウジアラビアで予定されていたダカール2027について、地域の最近の情勢を受けて同国では開催しないと発表しました。レースそのものは別の地域で行われ、開催地は数日中に発表される予定です。サウジアラビアは2028年、第50回大会で再び開催地となります。2026年10月26日時点で、新しい開催地はまだ正式に決まっていません。ヨーロッパをスタートしてモロッコへ向かう案が取り沙汰されており、正式に決まれば、2007年以来初めてアフリカで行われるダカールになります。
砂漠の安全
これほどのレースには代償が伴い、ダカールはそれを一度ならず払ってきました。2020年大会ではパウロ・ゴンサルヴェスが命を落とし、エドウィン・ストラフェルもレース中の負傷がもとで、ゴールの数日後に亡くなりました。その後、FIMと主催者はバイクのルールを厳しくし、2021年に向けてエアバッグベストの着用を義務化し、もっとも危険な区間を知らせるセンチネル(Sentinel)システムの警告音を導入し、速度を時速90キロに制限するゾーンを設けました。
さらに、すべての車両は主催者の衛星追跡システムで見守られており、車内には救助を求め、自分の位置をすぐに救助チームへ送るためのボタンがあります。テレビでいちばん目にすることの少ない部分ですが、ほかのすべてを可能にしているのはこの部分です。
ブランドはダカールで何を得られるのか
スポンサーにとって、ダカールにはほかのモータースポーツのイベントがなかなか提供できない強みがあります。開催時期です。ダカールは、F1もMotoGPもまだ始まっていない1月に行われ(2026年はMotoGPが2月末、F1が3月8日に開幕しました)、2週間にわたって、ステージ、リタイア、ナビゲーションのミス、そしてベナビデスのような逆転劇で、毎日一つずつ物語を生み出します。車両の上、ビバーク、そしてライダーやチームが毎晩発信するコンテンツの中に、ブランドはこの時期ほかではなかなか得られない場を見つけることができます。
その裏返しとして、ダカールはただ見せるだけでなく、語られなければなりません。砂漠を走るクルマの側面に貼られたロゴも、それだけでは空っぽのステッカーにすぎません。効果が生まれるのは、その露出のまわりに、この2週間に合わせて組み立てたコンテンツとアクティベーションのプログラムがあるときです。詳しくはダカールラリーのスポンサーシップのページで、また二輪に関心のある方はMotoGPからダカールまでのモーターサイクルのスポンサーシップの記事でご紹介しています。
8,000キロ近くを走って、2秒。ダカールはこうして勝つものです。ほかの誰よりも、ミスを一つ少なくすることで。
ダカールラリーに関するよくある質問
ダカールラリーはどのように行われますか?
約2週間にわたって行われるラリーレイドです。競技者は毎日、タイムを計測しないリエゾンと計時区間のスペシャルステージを走り、スタートの数分前に配布されるデジタルのロードブックでナビゲーションを行います。スピードを競うカテゴリーでは、ペナルティを含めた合計タイムがもっとも少ない者が勝者になります。ダカール・クラシックはレギュラリティ競技です。
ダカールラリーの期間はどれくらいですか?
レースそのものは約2週間です。2026年大会は1月3日から17日まで行われ、プロローグ、13のステージ、リヤドでの休息日1日で構成されました。最後の車検と書類審査は1月1日と2日にヤンブーで行われたため、ライダーやチームにとっては全体でおよそ3週間になります。
ダカールラリーの距離は何キロですか?
2026年のコースは約8,000キロで、そのうち5,000キロ近くが計時区間のスペシャルステージでした。もっとも長いステージはハーイルとリヤドの間で総距離900キロを超え、もっとも長いスペシャルステージは480キロを超えていました。
ダカールラリー2027はどこで開催されますか?
サウジアラビアではありません。2026年10月25日、主催者は2027年大会は実施するものの、開催地は別の地域とし、数日中に発表すると明らかにしました。サウジアラビアは第50回大会となる2028年のダカールを開催します。
ダカールのマラソンステージとは何ですか?
競技者がチームのメカニックの手を借りられない、連続する二つのステージです。その間の夜、競技者は別のビバークで過ごし、自分たちで車両を整備します。2026年は第4・第5ステージと第9・第10ステージがマラソンステージでした。
ダカールラリーにはどんなカテゴリーがありますか?
サポートなしのクラスであるオリジナル・バイ・モチュールを含むバイク、そして四輪のアルティメット(T1)、ストック(T2)、チャレンジャー(T3)、SSV(T4)、トラック、旧車のためのダカール・クラシック、代替パワートレインのためのミッション1000です。クアッドは2025年に競技プログラムから外れました。